私の知り合いの人で遺産相続でもめていた人の話ですが、その人は兄弟が6人いて長男の人が両親の遺産を相続していました。そこで、以前その長男の人がなくなった時に残った兄弟で遺産相続をどう分配するかという事で話し合いをしたそうです。ほとんどの人が平等に分配という考えだったそうですが、1人の人だけは自分が土地と家を相続したいといって聞かなかったようで、相当もめにもめたそうです。
相続に関するトラブルは、その後の人間関係にまで影響を及ぼします。そのようなトラブルを無くすためには遺言書を作成することが望ましいのですが、その際いくつかの注意点があります。まず、自筆の遺言書の場合は日付を忘れてはいけません。全てを自分で記入し、署名と押印も必須です。公正証書遺言の場合は、二人以上の証人が必要になってきます。死後、大切な家族がもめないように、しっかりとした形での遺言書作成をおすすめします。
具象彫刻の第一人者で東京造形大名誉教授の佐藤忠良(さとう・ちゅうりょう)さんが30日午前8時16分、老衰のため死去した。98歳。葬儀は近親者のみで営む。喪主は長男達郎(たつろう)さん。
宮城県大和町生まれ。東京美術学校(現東京芸大)彫刻科卒。同級生の舟越保武や本郷新(共に故人)らと新制作派協会(現・新制作協会)彫刻部を創立。44年に応召、旧満州(現中国東北部)に渡り、3年間のシベリア抑留の後に帰国した。
長女で女優の佐藤オリエさんをモデルにした「オリエ」(49年)や「群馬の人」(52年)をはじめ“佐藤忠良の首狩り”と言われるほど、初期は頭部像の制作に情熱を傾けた。代表作「帽子・夏」(72年)のような清潔感あふれる女性像、無邪気な子供像は幅広い人気を獲得。絵本のロングセラー「おおきなかぶ」(62年)の挿絵でも広く知られ、小中学校の美術の教科書作りにも関わった。
自称「粘土職人」。作品の多くは市井の人々をモデルにしている。「ドラマ性がない」と笑っていたが、自身はシベリアで壮絶な体験をしていた。このとき、人間をつぶさに観察したという。「権力や知識のある人より、手に職を持った大工さんや、普通の人の方が立派でした」。愚直な「職人」の姿勢は終生変わらず、70〜80年代に複数回打診があった文化功労者などについても「国からの栄誉はお断りする」との意思を貫いた。
60年高村光太郎賞、74年毎日芸術賞、75年中原悌二郎賞など受賞多数。81年、日本人として初めてパリの国立ロダン美術館で個展を開き、大きな反響を呼んだ。90年、故郷の宮城県美術館に佐藤忠良記念館が開館した。
創作意欲は衰えず、東京・杉並の広いアトリエで朝8時ごろから夜8時ごろまで、粘土と格闘する生活を送った。最晩年には等身像の制作こそ難しくなったが、新制作展には09年まで毎年、出品を続けていた。【岸桂子】
津波で爆発事故を起こした福島第1原子力発電所を管理する東京電力のトップであるはずの清水正孝社長(66)が「雲隠れ」しているとして、批判が広がっている。
東電は、2011年3月30日、清水社長が入院したことを唐突に発表、勝俣恒久会長(71)が陣頭指揮をとることになった。清水社長は以前も約1週間にわたって、過労で対策本部を離れている。健康状態に不安を抱えているにもかかわらず、勝俣会長は清水社長の進退について、「続投」の方針を繰り返した。
■清水社長を出来るだけ早く復帰させる意向
清水社長が最後に記者会見などの公の場に姿を見せたのは、福島第1原発事故が発生して2日後の3月13日。政府と東電は3月15日に合同の「対策本部」を立ちあげ、清水社長は陣頭指揮をとっていることになっていたが、実際には翌16日から約1週間にわたって、過労で対策本部を離れ、東京・内幸町の本社内で休養していた。この事実は、3月27日になって明らかにされた。この間、職務は副社長が代行していた。
経営トップが表に出てこないことについては疑問の声も多く、例えば米紙ワシントン・ポストは3月29日の紙面で、「経営者が雲隠れ」の見出しを掲げて批判した。
そんな中、東電は清水社長が3月29日夜に「高血圧と目まい」で入院したと発表。代わりに陣頭指揮をとることになった勝俣会長ら幹部7人が午後、記者会見に臨んだ。
勝俣会長は、清水社長について
「私自身としては、そんなにかからないで戻って指揮をとると考えている」
と、出来るだけ早く復帰させる意向を明らかにした上で、進退についても、
「社長からの辞意は出ていない。取締役会でも、そういう議論はない」
と辞任を否定した。
社長が不在になっていることに対するガバナンス上の問題を指摘する声も相次いだ。例えば、週刊誌「アエラ」の大鹿靖明記者は、
「16日に社長の清水さんが倒れた時点で、対策本部長を代わるという考えはなかったのか。今回入院するまでの間、東電のトップが不在だというのは非常に異常な状態。なぜあなたは、その時(16日の時点で)、代わって指揮をとることをしなかったのか」
と激高。
フリージャーナリストの上杉隆氏も、従来の「元気にやっている」という説明が急転して入院が発表されたことに対して「計画入院なのでは」と指摘した。
■福島第1原発の1〜4号機については廃止
勝俣会長は
「基本的には、清水は社内にいた。そうしたことも踏まえて、私も常時、統合本部の席にいて、発電所、東京都、官邸などとのやり取りにかかわっていた」
「清水は、昼間は統合本部の会議にずっと出ている。私自身も、急に体調が悪くなったと聞いてびっくりしている。これまでの心労、過労がたまって、医師の診断を仰いだ。本当に(29日の)昼間は(会議に)出ていた」
とし、「問題なし」との主張を繰り返した。
さらに、
「オペレーションのまずさから来る『人災』だという指摘がある」
という指摘に対しては、
「私としては、まずさというものは感じられなかった。電気が通じないというなかで、色々な作業が予定よりも長くかかった。これまではボタンひとつで動いていたものが、手動でやらざるをえなくなった。その結果、意図せざる遅れがあった」
と反論。
「1号が爆発した時点で2〜4号に海水注入を決断していれば、相次ぐ爆発は妨げられたのでは」
との追及に対しても、
「そういうお考えもありましょうけど、私どもとしては、運用にはベストを尽くした」
と正当化した。
なお、勝俣会長は会見の中で、同原発の1〜4号機については「状況を客観的に見ると、廃止せざるを得ないと考えている」と明言。だが、5〜6号機については
「基本的な機能は維持していると考えている。だが、大変な社会的心配・ご迷惑をおかけしている中で、どう対応するかは国と地域のご意見をうかがいながら考えること」
と方針を明言しなかった。
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